進撃の巨人外伝2





は、リヴァイに連れられて部屋へ入る。

どこか懐かしさを感じて、あまり抵抗なくソファーへ座った。

けれど、隣に居る相手はやはり油断ならなくて、緊張していた。



「耳濡れてんじゃねえか、エレンの奴恥知らずなことしやがって。

リヴァイは布を取り出し、耳を拭こうと手を伸ばす。

すると、自分に近付いてきた事に反応したのか、は逃げようとした。

だが、リヴァイはすぐさま腕を取って引き寄せた。



耳を拭いている間もは緊張しっぱなしで、表情が強張っている。

伸ばされた手は、自分を傷付けるためのものだと思っているのだろう。

「ここにお前を傷付ける奴はいねえよ、元に戻ったときが怖いからな。

は、不思議なものを見るようにリヴァイを見上げる。

傷付けられないことと、元に戻ったときということの両方が理解できないと言っているようだった。





「いいか、、お前の記憶は混乱してる。それを確実に治すためにお前の血が必要なんだと。

リヴァイが、ハンジから預かった注射器を取り出す。

すると、は露骨に怯えて腕を振り解こうとした。

子供が注射を怖がるのは仕方がないが、その必死さは他の何かに恐怖しているようだった。

今までに受けて来た経験から、恐らく、多少の痛みでは済まないと思っているのだろう。



「一回刺すだけだ、血を抜いたらそれで終わる。

その言葉に、は少し大人しくなる。

まだ怯えてはいたが、嘘はついていないと感じ取ったのか、おずおずと腕を差し出した。

リヴァイが服をまくり上げ、手早く針を指す。



「い・・・!。

一瞬の痛みを感じて、は歯を食いしばったが。

ものの数秒で採血は終わり、針の痕がガーゼで塞がれた。

再び刺されるのではないかと、は注射器を凝視する。

それがテーブルの上に置かれると、やっと肩の力を抜いた。

緊張が解けたのがわかると、リヴァイはふいにの肩を抱いて引き寄せた。



他に何かされるのかと、の体に力が入る。

けれど、まるで抵抗しなかったことを誉められている気がして。

は戸惑いながらも、身を委ねていた。





今まで、受けるのは暴力ばかりで、こうして抱かれることなんてなかった。

油断させていいようにしようとしているのではないかという、猜疑心はまだ拭えない。

それでも、肩にまわされた手も、密着している体温も心地良くて。

どんな目論見があってもいいから、今はこうしていたかった。









やがて腕が解かれ、リヴァイが注射器を持って立ち上がる。

「俺はこいつをハンジに渡しに行く。歩きまわってもいいが、壁の外には出るなよ。

は小さく頷き、リヴァイを見送った。

部屋に一人残されると、とたんに寂しくなる。

人に近付くのは怖いけれど、一人になりたくもなくて、は部屋から出ていた。



廊下にはぽつりぽつりと人がいるが、とても自分から話しかけることなどできない。

けれど、やっぱり誰かの所へ行きたくて、はさっき行った地下室へ向かっていた。



無機質な扉を、そっと開いて階段を下りる。

殺風景な地下室には、エレンが落ち込んだ様子でベッドに座っていた。

さっき自分がしてしまったことに、自己嫌悪しているのかもしれない。

暗い顔をしているエレンに、が近付くと、 足音に気付き顔を上げた。

「あ・・・

一定の距離を保ち、が止まる。





「・・・殴っても、いいよ。

「え?。

「悪いことしたから、殴っていい。

初めて口にした言葉は、突拍子もないものだった。

その言葉で、エレンはが暮らしてきた環境を垣間見た。

子を虐待し、傷付けることで鬱憤を晴らす親の元に生まれてしまった不幸は、どうしようもなく。

悪事を働いたら、暴力を振るわれて当たり前という意識が染みついてしまっているのだ。



エレンはとたんに悲しくなって、に近付く。

はわずかに怯んだが、覚悟したように口を結んだ。

怯えさせてしまいそうで、エレンは足を止めた。

この警戒心を解くには、どうしたらいいだろうか。



「・・・、馬に乗ってみるか?。

人に対して猜疑心を抱えているのなら、それ以外の生き物に接すればいい。

突然の提案には迷っているようだったが、頷いた。

エレンが外へ出ると、その後ろをついてゆく。

途中でその子は誰かと聞かれたが、適当にはぐらかしつつ馬屋へ向かった。









調査の日はまだ先なので、多くの馬が馬屋に居る。

それを見ると、警戒心はどこへ行ったのか、は馬へ駆け寄った。

「あ、急に近付くと危ないぞ。

馬は、巨人から逃げるために脚力が特別に鍛えられている。

不用意に近付いて驚かせ、蹴られでもしたらひとたまりもない。

エレンは心配したが、馬は甘えるようにに鼻をこすりつけていた。



が鼻の頭を撫でると、気持ちよさそうに目を閉じる。

まるで、動物の本能が、この相手は安全だと判断しているようだった。

、馬が好きなのか?。

「・・・うん。人と違って、裏表がないから。

の言葉に、エレンはまた胸が苦しくなる。

確かに、人には優しい面もあれば、残酷な面もある。

繊細な感性は残酷な部分を敏感に察知してしまい、警戒せずにはいられなくなるのだろう。



エレンは馬を繋いでいる縄を解き、馬屋の外へ誘導する。

そして、を軽々と持ち上げ、馬の背に乗せた。

が手綱を持つと、馬はゆっくりと歩き出す。

乗り方など教えていなくとも、体がわかっているという感じで。

馬の速度は徐々に上がってゆき、広場を走り回った。

が顔をほころばせている様子を見て、エレンは安心していた。









思う存分走ったところで、は馬から降りる。

手綱を引いて馬屋に戻したところで、エレンの存在に気付いたようにはっとした。



「・・・ずっと、待ってたの。

「ああ、一人にしておきたくなかったから。

待っていた時間は、小一時間はくだらなかったが、宿舎へ帰ろうとは思わなかった。

馬と一緒に居るとはいえ、もうを独りにはしたくなかったし。

何より、楽しそうにしているところを目に焼き付けておきたかった。



は、小走りでエレンに近付く。

地下室にいたときより、近い距離まで。

何か言いたげに、口を開いたり閉じたりした後、エレンを見詰めた。



「・・・ありが、とう。

馬屋へ連れて来てくれたこと、長い時間待っていてくれたこと。

相手の鬱憤を晴らすためだけに生まれてきたと言ってもいい自分に、構ってくれた。

感謝の気持ちが、思わず口から出ていた。

エレンは、満面の笑みでに応える。

少しだけ、心を開いただったが。

その晩、また人間不信になる出来事が起こってしまった。









夜も更けた頃、外が人の声で騒がしくなる。

緊急会議でも始まったのだろうかと思ったが、騒がしいのは馬屋の方だった。

何があったのかと、エレンはと共に外へ出る。

馬屋の前に人だかりができているのを見たとたん、は駆け出していた。



人ごみをかきわけて、騒ぎの中心へ行く。

血の匂いがし、その色が見えたとき、は制止していた。

エレンは急いで後を追い、の隣に並ぶ。



「うっ・・・。

エレンは、思わず口を手で覆う。

目の前には、馬の死体が横たわっていた。

それも普通の死に方ではなく、首や足が胴体と離れており、腹部がめった刺しにされている。

まだ死んで間もないのか、赤々とした血が一面に広がっていた。





「ど、どうしたんですか、これ・・・。

「大方、調査兵団を恨んでる奴の仕業だろう。

兵団の中でも、調査兵団の死亡率は最も高い。

送り出した子供が死んで嘆く親も多かった。

むごたらしい殺し方は、まさにそんな恨みを晴らしているように見えた。

かといって、鬱憤を晴らすために兵団の馬を殺すなど、許されることではない。



だが、取り巻きの兵はぱらぱらと散ってゆき、積極的に犯人探しをする様子はなかった。

もしかしたら、これが初めてのことではなく、仕方のない事だと思っているのかもしれない。

周りの兵がいなくなっても、は瞬き一つせず馬を見据えている。



・・・。

触れようとしたとき、エレンは微かな恐怖を感じて怯んだ。

今のからは、明らかな怒りと憎悪が滲み出ていて。

むやみに触れようものならば、指先を切断されてしまう気がした。

清掃員がやって来たところで、は宿舎へ走って行った。

エレンも後を追ったが、あっという間に姿が見えなくなる。

嫌な予感がして、エレンは宿舎内を探しまわった。











エレンが宿舎を探しまわっている頃、はもう外へ出ていた。

手には調理場から持ってきた大きな包丁を携え、辺りに目を光らせている。

犯人の強い悪意を感じ取っているのか、は迷いなく走る。

そして、挙動不審な中年男性を見つけると、思い切り飛び蹴りをくらわせた。

「ぎゃっ!。

痛みより驚きの方が大きく、男性は大袈裟な声を上げる。

調査兵団が追いかけて来たと思い怯えたが、の姿を見ると溜息を吐いた。



「何だ、ガキか・・・驚かせやがって、子供はさっさと帰って・・・。

安心したのもつかの間、の手に握られている凶器を見て、男は表情を険しくした。

「殺してやる。

まるで機械が話しているような、平坦な口調でが言う。

何の感情も読み取れない無機質な声に、男は寒気を覚えた。



「おまえもおんなじようにして殺してやる。。

はらをきりきざんで、あしもてもくびもきって殺してやる。

まるで、ただ一つの目的のために、相手を殺すためだけに動く機械だ。

こんな子供に、やすやすと殺されるはずはない。

そう思っても、一言声を聞くたび鳥肌が経つのを抑えられない。

男は恐怖にかられ、一歩も動けないでいた。



が近付くと、男から冷や汗が吹き出す。

今すぐ走って逃げ出したくとも、後ろを向いた瞬間に首をはねられてしまいそうだった。

「む、息子は調査兵団に入って死んだんだ、たった一人の息子が・・・。

言い訳がましい言葉も、の耳には入らない。

手の届く範囲まで来ると、包丁を振りかざした。





「そこまでだ、

振り下ろされるはずの包丁が、ぴた、と動きを止める。

感極まって、男は一目散に逃げ出した。

は追いかけようとしたが、その前に肩を掴まれていた。

相手の姿が見えなくなってしまい、はリヴァイを睨んだ。



「何で止めるの、あいつは殺したのに。

止められて我に返ったのか、言葉には怒りの感情がこもっていた。

「確かに、犯人はあいつだ。だが、お前が人殺しをしていい理由にはならない。

巨人ならいくらでも殺しても良い、だが、人を殺した瞬間、は恐れられる存在となる。

自分の目の黒い内は、兵団内でそんなことはさせないつもりだ。

リヴァイに諭され、は落胆した。



「殺したのに・・・あいつは・・・殺した・・・。

呟きと同時に、の瞳が滲む。

「あいつの顔は覚えた、俺が必ず罰してやる。

リヴァイの言葉に気が緩んだのか、の目から涙が溢れ出た。

透明な液体は拭われることもなく、はらはらと流れ落ちて行く。

悲しみに耐えきれない姿が、痛ましかった。

リヴァイは、が落ち着くまで、何も言わずに傍に居た。











その後、リヴァイはを自室に連れて来ていた。

エレンの傍に置いていては、また逃げ出しかねない。

の目は真っ赤になっていて、ベッドに座ってぼんやりと一点を見ていた。

人の悪意を目の当たりにし、かなりのショックを受けているのだろう。

リヴァイが隣に来ても、ちらと横目で見るだけだった。



「いつまでそうしてるつもりだ、俺はもう寝るぞ。

布団がめくろうとすると、がベッドから退く。

それからどうすればいいのかわからないのか、立ち尽くしていた。

「何してる、お前も寝るんだろうが。

は、目を見開いてリヴァイを見た。



「殴るんじゃ、ないの。

「何でお前を殴らなきゃならねえんだ。

人を殺そうとした、だから罰されると、そう思っていた。

リヴァイはの腕を取り、ベッドへ引き込んだ。

横向きになると、体が固い胸部に触れる。

腕を掴んだ手は、相手を留めておくように、肩に回されていた。





「何だか、胸、痛い・・・締め付けられるような、そんな感じがする・・・。

精神的な痛みが、を苛む。

自分の悲しみに対しては敏感な心が、悲鳴をあげていた。

「その痛みは、さっきの男を殺せば消えたのか?。

何も言えず、は押し黙る。



「怒りに任せた行動は、後で後悔するだけだ。

「でも・・・許せなかった。

たとえ殺したとしても辛くなるだけだとしたら、この痛みをどう解消すればいいのだろうか。

は、悲哀を込めて言った。



「もう、眠れ。お前の痛みは、受け止めてやる」

リヴァイは、を少し強く抱きしめる。

は、優しい言葉と、慰めるような行動にどう反応すればいいかわからなかった。

けれど、胸の内から温かいものがこみ上げてくる。

痛みを与えられることはあっても、受け止めてくれる人なんて誰一人としていなかった。





は、こわごわとリヴァイの背に手をまわしてすがりつく。

離れてほしくない、傍に居てほしい。

他人に対して甘えの感情を覚えたのは、これが初めてだった。



「・・・兵長さん、ありがとう・・・。

湧き上がって来た思いが、口から零れ落ちる。

怒りに任せた行動と同じく、幸福感が言葉を発させていた。

相手の呼び名なんて知らないはずなのに、無意識の内に「兵長さん」と呼んでいた。

その言葉を最後に、ほどなくしては寝息をたて始める。

リヴァイは、の髪をそっと撫で、自分も目を閉じた。



―後書き―

読んでいただきありがとうございました!

子供バージョンまさかの二話目、ショタ好きなもんですみません←。